絵本作家風木一人の日記

絵本作家風木一人の日記です。

博士の愛したサンテグジュペリ

博士の愛した数式」を観る。
竜も魔法使いも出てこないがこれはファンタジーだ。
80分しか記憶が保持されないという特殊な設定、
周到に排除された固有名詞、
そして善意の人だけで構成されたドラマ。
ここに描かれたのは生身の手応えある現実ではなく、
清潔に純化された仮想世界だ。
仮定の上に構築された数学が仮想世界であるように。

十年ほど前、テレビかラジオである数学者がこういうことを言っていた。

我々の宇宙とは違うもう一つの宇宙があったとする。
二つの宇宙の生物学は全く異なるものだろう。
物理学も大筋は一緒でも細部は異なるだろう。
しかし数学は完全に同一である。
二つの世界の数学者は数学という共通言語で完全な対話ができる。

なるほど、と思った。
しかしすぐ、待てよ、とも思った。
当たり前じゃないか。数学は仮想世界なのだから。
初めに仮定を置くのだから。
この世界のことでないから他の世界でも通用するのだ。

映画の中に「星の王子さま」そっくりのセリフがあった。
もちろん偶然ではないだろう。
じっくり見直したら博士の本棚の隅に「星の王子さま」が並んでいたりするのかもしれない。