絵本作家風木一人の日記

絵本作家風木一人の日記です。

「十二人の怒れる男」

文芸坐で「裸足の伯爵夫人」と「十二人の怒れる男」。どちらも50年前の映画だ。
十二人の怒れる男」は殺人事件の陪審員を務めることになった12人の男たちの話で、最初から最後まで陪審室の中だけが舞台という、およそ映画向きでない設定なのだが、見事な脚本と演出によってぐいぐい引き込まれる作品になっている。
今どき映画のような視覚的見せ場などどこにもない。ただそこには人間がしっかりと描かれているのだ。スクリーン上の作り物のキャラクターが本当に自分の隣で生きている人物のように見えてくる瞬間ほどスリリングなものがあるだろうか。
今ふと思った。この時代アメリカの陪審員は男性のみの義務だったのだろうか?
浅学にしてまるでわからないが、とにかく登場人物が男性のみという話は珍しく、高校時代に文化祭で芝居をやろうとなったときこれを取り上げたのはそれが理由の一つだったと思われる。男子校だったのだ。
ぼくは演出ということになっていたが、その名に値する仕事などできるはずもなく、放課後すばやく各教室を回り、練習を忘れて(あるいはサボって)帰ろうとする連中をとっつかまえるのが主たる業務だった。
けっこう半年くらい準備にかけたと思う。演劇部でもなんでもなかったのにみんな物好きだったものだ。途中で抜けていった者も当然いたが、残った者の熱はなぜか冷めず、とにかく上演までこぎつけられた。
N君というメンバーがいた。素朴で不器用なタイプだったが、最後まで被告人の有罪を主張し続ける感情的で粗野なキャラクターを演じ、妙にマッチしていた。テキトーに、ということができない人間で、やるからには真剣だった。劇は彼が感情を爆発させ泣き崩れるところで終わる。楽屋に戻ってきた彼が目を大きく見開いて「どうだった?」と出来を訊いた、その表情を覚えている。
卒業後しばらく交流がなかった。そして彼は突然に亡くなった。旅先の北海道でバイクの事故。まだ社会に出たばかり、何もかもこれからというときの若い死であった。